高杉晋作は、天保10年(1839)に萩藩大組士、禄高200石 高杉小忠太の長男として生まれました。
藩校明倫館に通う一方、松下村塾に通い、久坂玄瑞と並び松門の双璧と称される。
文久2年(1862)、外国に支配される清国(現:上海)を視察し危機感を抱いた晋作は、翌文久3年(1863)に身分を問わない我が国初の軍事組織“奇兵隊”を結成し、類い希な統率力でそれを率いるとともに、功山寺(下関市)にて挙兵、討幕戦を勝利へと導きました。
その後、肺病が悪化し下関・吉田(現:東行庵)に隠居。慶応3年(1867)結核のため、享年29歳という若さでこの世を去りました。
「動けば雷電のごとく、発すれば風雨のごとし」と評された高杉晋作・・・萩博物館 所蔵

高杉晋作 紹介

高杉晋作誕生地(萩市菊屋横丁)

高杉晋作誕生の地説明

高杉晋作の事跡説明

高杉晋作立志像
「高杉晋作誕生地」の近くにある「晋作広場」に、平成22年10月に建立されました。
銅像は、晋作が明倫館や松下村塾に通っていた20歳頃の若々しく凛々しい顔をイメージしており、両刀を差した羽織、袴の立ち姿です。
銅像の高さは1.8mで、台座を含めて3m。晋作誕生地と萩城の方角を向いて建てられています。また広場には晋作が好きだった梅の花も植樹されています。

高杉晋作草庵跡地顕彰碑
吉田松陰生誕の地近くにあります。

高杉晋作関係略年表

高杉晋作草庵跡

高杉晋作草庵の句

高杉晋作の墓・・・吉田松陰の墓の後方にあり、松陰を見守っています。

萩市の「幕末の風雲児・高杉晋作」ゆかりの地を、探訪されてはいかがでしょうか!
青海島育ちのマーくん
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