2011年11月02日

萩城址・指月公園の児玉花外詩碑探索(その1)

 今日の旬の景色(その2)は、10月27日(木)晴天のもと「児玉花外」の詩碑を求めて、萩城址・指月公園を探索致しましたので、その様子をご案内致します。

 児玉 花外(こだま かがい)は、1874年(明治7年)7月7日 - 1943年(昭和18年)9月20日)
 本名を伝八といい愛国詩を数多く作っており、“白雲なびく駿河台…”の明治大学校歌の作詞者として知られ、また、青海島の通小学校の校歌も手掛けています。

 花外は大正13年の春、久しぶりに父祖の地長門を訪れ、墳墓のある板持に近い湯本温泉に逗留して、ここから青海島・三隅・萩・山口・下関・岩国など各地を遊歴し、“防長は赤い瓦に白い蔵…”等の即興詩を多く作り、防長新聞、関門日日新聞に発表したそうです。
 
 このたび、長門郷土文化研究会「児玉花外詩集プロジェクトチーム」のメンバ―藤井文則氏、橘巖子さんと、萩市の児玉花外詩碑を求めて、萩城址・指月公園を探索致しました。



 萩城址

萩城址.jpg



 萩城跡・指月公園の入り口

萩城跡・指月公園・入口.jpg



 萩城跡・指月公園案内図

萩城跡指月公園案内板1.JPG



萩城跡指月公園案内板2.JPG



 志都岐山神社の鳥居・・・指月公園と字が異なるのに気づきました。

志都岐山神社・鳥居.jpg



 志都岐山神社の案内板

志都岐山神社・説明板.jpg



 志都岐山神社の花・・・つわぶきの花が咲いていました。

志都岐山神社1.jpg



 志都岐山神社・社殿

志都岐山神社2.jpg



 児玉花外碑説明板 

児玉花外碑説明板.jpg



 児玉花外詩碑・・・三百年の萩の花 一たび揺れて血の勝利

児玉花外・石碑.jpg



児玉花外碑2.jpg



 萩の花・・・児玉花外詩碑の近くに咲いていました。

萩の花.jpg



 久しぶりに萩城址を訪れまして、文化と歴史を身近に感じ、児玉花外と萩に対する思いを新たにしました。


 青海島育ちのマーくん




posted by 青海島育ちのマッサン at 18:01| 山口 ☁| Comment(0) | 萩市 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする